大相撲トーナメントを考える。

大相撲トーナメントが昨日行われた。
優勝は白鵬。
順当な結果である。
毎年の恒例行事であり、15日のロングランである
本場所とは趣が異なることから、
意外な力士が意外な結果を残すことも
しばしばであり、トーナメントだからこその
楽しみも存分に有る。
ワンマッチ最強のジェロムレバンナが
K-1グランプリでは準決勝で燃え尽きるように、
15日で安定して強い力士が強いとは
限らないのがトーナメントの面白さである。
前回大会の優勝者が豪栄道というのもまた
その独自性を感じさせることになる。
だが、率直な感想を述べると、
私はそんなに大相撲トーナメントには興味が無い。


確かにやっていれば観る。
決して嫌いという訳でもない。
しかし、本場所では大変な思い入れを込めて
見ている私が、同じ力士が異なる適性を競うという
燃えられる要素がブレンドされているにもかかわらず
「ふーん」程度にしか観ていないというのは
かなりの異常事態と言えるだろう。
それが私だけのことかといえば、どうやらそうでもない。
Twitterのツイートについても、本場所と比べれば
その数は雲泥の差である。
一体なぜこんなことになってしまうのか?
そこには二つの大きな理由が有る。
まず一つ。
トーナメントの権威が薄いことである。
賞金は有るかもしれない。
そして、日ごろ競い合っているライバルと
対決する場が与えられれば、
確かに燃えるかもしれない。
しかし、このトーナメントを勝ったら、
一体何に成るのだろうか?
トーナメントの結果が、本場所の地位に与える影響は
一つも無いのが現状である。
力士の価値は、結局のところ本場所の結果によって決定する。
結局のところ、力士にとって重要なのは
本場所ということになる。
だとすると、彼等にとってトーナメントが持つ意義とは
一体何なのだろうか?
こうした位置付けのものについて、力士もさることながら
観客側としてもどう向き合えばいいか分からないのが
実情である。
そして一つ目の理由と連動して、
二つ目の理由が浮上するわけだが、
これが非常に重要なのである。
そう。
取組が白熱しないのである。
本場所の取組では、歴史に残る名勝負というのは
いつの時代も多く語り継がれている。
だが、大相撲トーナメントとなるとどうだろうか?
誰もが知っているような素晴らしい取組や
心動かされる優勝力士、
そんな存在は今まで有っただろうか?
私には、そのような記憶が無い。
当人たちが手を抜いているか、
いわゆる花相撲的な位置付けか、
ということは問わないが、
少なくとも本場所とは取組のクオリティは
比較できないほど異なるのである。
こうしたイベントを開催することは、
一体誰が得をするのだろうか?
観ている者も、何をテーマに観ればいいのだろうか?
せっかく面白くなる要素が有るイベントだからこそ、
本場所と趣向を変えた部分を生み出すことによって
本場所では観ることが出来ないトーナメントならではの
楽しみが生み出せるのではないか?
と考えるだけに、惰性で続けていることが残念でならない。
例えばU20トーナメントやマスターズトーナメント
などという切り口も一つの方法である。
相撲界の位置付けとしてエアポケット化している
相撲トーナメントについて、もう少し考えてみる
余地はあるのではないだろうか?
検討していただければ幸いである。

大相撲トーナメントを考える。” に対して 2 件のコメントがあります

  1. 内山 より:

    子供と観に行きました。
    なかなか何回も取り組みを観られる機会はトーナメントしかないです。面白かったでした。
    でも、指摘のとおり立会いの当たりはどれも弱かった。
    トーナメントは花相撲だとおもいますが、これからもあって欲しいです。

  2. Nihiljapk より:

    >tamaさん
    コメントありがとうございます!
    企画は面白いんですが、どうも対戦が白熱しないので
    いつも見ている相撲の延長線上の
    パラレルワールド的な観方をすればいいのですが、
    本場所に肩を並べる面白さではないんですよね。
    勿論観ますけど…
    おもしろくなる要素が有るだけに
    もっと面白くしてほしいというのが
    私の願いです。

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