松井秀喜を取り巻く過酷な環境と過剰な期待に見る、最近の力士の不幸とは?後篇

松井秀喜の引退に際して、改めて実感するのは
彼は変わりゆく時代の中で日本の野球選手に
未だかつて無い程の要求をされてきた、ということである。
それが100年に一人の大選手:イチローとの比較であり、
野手としてはイチロー以外に通用しなかった
メジャーリーグに於ける活躍であり、
そして、野球人気の低迷を救うためのWBC出場であった。
野茂英雄が抉じ開けて、イチローが切り開いた
世界最高の舞台での日本人選手挑戦という系譜。
日本人だって、メジャーリーグで出来る。
野手ではイチローがトップに立ったのだから、
松井だって出来る。
野球人気がこれだけ低迷しているのだから、
日本野球に育ててもらった松井は出場するべきだ。
巨人の4番というだけで日本中の誰もが知っていて
一生安泰という時代は終わった。
松井秀喜は時代の中で最高の選手だったからこそ、
誰もが要求されたことの無い無理難題をも
可能だと思われてきたわけである。
松井秀喜は、結局全ての要求を満たしたわけではなかった。
それは奇しくも、現在の相撲界でも同じことが言えるわけで、
実は松井秀喜同様の要求をされている人物が居るのである。
もう答えはお判りだろう。
稀勢の里である。


大関昇進後、毎場所10勝以上を挙げる安定感。
そして、白鵬をもねじ伏せる爆発力。
ストイックに相撲道に向き合う、真摯な姿勢。
そう。
彼は力士として魅力的過ぎるほどに魅力的なのである。
だが、相撲ファンの中で彼に現在の地位を維持することで
満足するものは誰も居ない。
これだけの逸材であるにもかかわらず、
相撲界の頂点には立っていないからである。
理由ははっきりしている。
稀勢の里以上の力士が存在しているからだ。
そしてその力士というのが、外国人だということである。
現状で稀勢の里が日本人ナンバーワン力士であることは間違いない。
今までの相撲界であれば、彼は横綱に昇進していただろう。
そして、自分よりも下の力士を相手に成果を挙げていれば
誰もが満足していたであろう。
千代の富士の時代には、小錦しか居なかった。
そして、小錦は自らの体格によって自壊することになった。
貴乃花の時代には、曙と武蔵丸が居た。
彼は、健康を抵当に入れた肉体改造を図り、
ハワイアン対策をすることで次第に圧倒する結果となった。
稀勢の里の時代には、上を見れば朝青龍、白鵬、日馬富士。
横を見れば把瑠都、琴欧洲、そして鶴竜。
下を見れば碧山、臥牙丸、阿覧、栃ノ心。
直線的で爆発力の有るハワイアンが1~2名居るだけではない。
圧倒的なスピードとモンゴル相撲ベースのテクニックに優れたモンゴル力士。
スポーツエリートにレスリングなどの格闘技のベースを身に付けさせた、
体格で勝る東欧系力士。
この相反する2タイプの力士を、全員凌駕しなくてはならない。
対戦数は、1場所で10番近くなる。
時代が異なるので単純比較は出来ないが、
現在のトップ力士のアスリート的素養は過去最高ではないかと思う。
レスリングのオリンピック候補や、モンゴル相撲の横綱の息子。
だが、日本では相撲に対するリスペクトが失われているだけでなく
父性に対するリスペクトも失われており、
同姓というよりは異性を意識したファッションやスポーツが
好まれる傾向に有るため、アスリート的素養の高い素材が
相撲を選ばなくなってしまった。
外国人力士の質が向上し、
日本人力士の質の低下が懸念される実情。
こうした中で、稀勢の里は外国人を凌駕して
ナンバーワンになることを求められている。
果たしてこれは、稀勢の里にとって実現可能なミッションなのだろうか。
松井秀喜にとってのメジャーリーガーをパワーで圧倒する、
という類の要求に等しいことではないだろうか?
そして思った以上に大変なのが、
このミッションの難易度の異常な高さをあまり意識せずに
親方衆もファンも稀勢の里に要求しているということである。
達成できればとてつもない快挙であるような
そういうレベルのミッションであるにも関わらず、
達成できないと失望の目を向けられる。
舞の海にさえ叩かれてしまう始末である。
日本人力士としてナンバーワンになるだけで
称賛される時代は終わった。
外国人エリートを相手に、圧倒しなくては
世間は認めてくれない。
凄い時代になったものだ。
その上、相撲人気の低下と相撲そのものに対する信頼失墜、
ちょっとしたことでもバッシングされるという実情。
三国志で言えば、蜀の晩年に国を支え続けた姜維。
横浜ベイスターズで言えば、番長三浦。
稀勢の里とは、気の毒な力士だ。
だが、こうした要求をされることによって
育てられるということも有る。
私は、このような時代だからこそ稀勢の里には
全ての力士を圧倒してほしい。
それだけの力士だという片鱗は嫌というほど見てきた。
来年は片鱗だけで終わらないで欲しいと切に願う。

松井秀喜を取り巻く過酷な環境と過剰な期待に見る、最近の力士の不幸とは?後篇” に対して1件のコメントがあります。

  1. numberplus より:

    何か無理やり相撲と結びつけている感じが違和感を感じます 野球と相撲は別のスポーツなのでそこまでして結びつけなくても 結びつけるなら相撲以外のスポーツの選手も例示すればわかりやすかったと思います

  2. ブログをいつも愛読しています より:

    松井秀喜と稀勢の里の共通点を考えるということが目的であって、スポーツ選手に一般化して言う必要があることだとは思いません。
    二者比較で十分だと思います。
    タイムリーで共通性が明白な事例があれば多者比較でもいいと思いますが、なかなかそのような事例はありません。このブログは恐らく相撲ファンを主要読者層としているので、他のスポーツのあまり有名ではないような選手と比べるのは好ましくありません。また共通性の薄い選手との多者比較では論旨が不明瞭になります。

  3. numberplus より:

    どういう意味で相撲と比べるのか あまり意味はない

  4. Nihiljapk より:

    コメントありがとうございます。
    今までであれば第一人者として安閑としていられた立場に
    有りながら時代の劇的な変化と共に見ている側が
    とんでもない要求をしている、という点で
    松井秀喜と日本人力士(特に稀勢の里)が大変似ている、
    と言いたかったのですが…
    私の文章に違和感を覚えたのであれば、
    普通はコメントを残さずに立ち去られるはずです。
    逆に今回の主旨の文章に対して、何故意味が無いと
    思われたのかを仰っていただけると嬉しく思います。

  5. しじみ漁師 より:

    初めてコメントします。
    私は松井秀喜は充分活躍したと思っています。
    だってワールドシリーズでMVPに選ばれた選手ですからね。
    引退することになりましたが素晴らしい選手でした。
    イチローはメジャーの歴史のなかでも稀有な存在です。ただし
    隙間産業の中の超優良企業のようなものです。
    パワーヒッターでイチローほどの活躍を求めるとホームランや打点のタイトルを何度も取らなくてはなりません。
    比較にならないと思います。主要産業で超優良企業になるのは
    困難です。
    稀勢の里が横綱になれない理由は外国人力士の問題もありますが、人情相撲がしずらくなったからだと思います。
    日本相撲協会が日本人横綱をつくるつもりがないのです。

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