舞の海の解説が、賛否両論ある理由とは?後編

舞の海による解説をどう思うか?
私の周りでは、月並みな表現ではあるが
賛否両論である。
工夫が無く、また努力の跡が見えない力士に対して
非常に厳しく叱責することと、
小兵力士ならではの観察眼と
力士のバックボーン情報が得られるために
他の解説者と比べると異質である。
こうした特徴を「理論的」で「我が意を得たり」
と捉える人も多く居る反面で、
彼の解説を快く捉えない人もかなり居る。
特徴だけ書き出すと、感情論や精神論で押すタイプではないので
それほど否定的になる必要も無いように思える。
にもかかわらず、言葉どおりに受け止めてもらえない
からにはそれ相応の理由が有る、と考えるべきなのだ。
舞の海の解説が嫌われる理由。
前述の特徴を分析すると、一つの傾向が見えた。


そう。
ファン目線、なのだ。
工夫が無い、努力が足りないということは
視聴者も感じることであって、
こうした不満を舞の海が代弁している。
勝てるのに、勝てない。
何時まで経っても成長しない。
このようなイライラに対して共感する。
またそのイライラの理由について説明してくれる
存在というのは、イライラしている時には
とても有り難い。
一人で観ていてこのような感情になった場合、
「私だけが思っているのか?」と疑問に思うものだが、
解説者に代弁してもらうと、「やっぱり正しいんだ!」と
納得できる。
また、他の解説者が言及しない情報についても
「ファンの人がこういうことが気になっているのでは?」
「ファンの人が知ったらより相撲が分かるのでは?」
という発想だからこそ、発信されている。
ファン目線に重点を置き、解説してくれること自体は
非常に有り難いことである。
だが、ファン目線を意識しすぎることは逆に
ファンへの媚びとして受け止められることも有る。
好意的に言えば、ファンを大事にしている。
悪意を持って受け止めると、媚びている。
舞の海の解説が悪意を持って受け止められるのは、
解説が辛口の時は、徹底して辛口であることも見逃せない。
確かに私達は力士を見るとき、ある程度
不満を抱いていることも有る。
だが、同時に彼らのこれまでを共有しているので
100%厳しく出来ないこともある。
つまり、上手くいかない時に「でも、仕方ないよね」
という理解をする時も有るのだ。
だが、こうした整理をしている時にも
舞の海は辛口なのである。
ファンのイライラを意識したつもりが、
肯定的な見方をしているのだとしたら、どうだろうか。
このような時、舞の海に対して不満を抱くわけである。
また、ファン目線を意識するあまり、
舞の海は他の解説や実況が説明している時に
割り込んで説明してしまうことが多々あるし、
喋りすぎる解説というのはうっとおしく感じることも有る。
アナウンサーと解説というのは相撲を主役にしながら
主役を引き立てるための説明をする役割である。
だが、時として舞の海の解説というのは
説明過多になるために舞の海が主役になってしまっているのである。
こうしたスタンスだと、彼に対して好意的でない人は
「前に出過ぎ」「うるさい」「偉そう」と
受け止めてしまうのだ。
そしてこれらの要素を後押しするように、
舞の海の場合は現役時代の実績が他の解説と比較して
それほど有るわけではない。
つまり、「お前が言うな」「顔じゃない」という
印象を与えてしまうわけである。
賛否両論あるということは、非常に良い部分が有るということ。
だが、これほど否定的な見解が有るということは、
完全すべき点も有るということ。
舞の海には、彼にしか出来ない解説が有るからこそ
一度このような見方が有ることを意識してもらいたい。
…このような意見が届くかは分からないが。

舞の海の解説が、賛否両論ある理由とは?後編” に対して1件のコメントがあります。

  1. wi より:

    非常に面白い分析だと思いました。
    この記事では舞の海さんだけ分析されています。書かれたこと以外では、相撲解説では、北の富士さんと舞の海さんが中心ですから、北の富士さんと比較して、あるいはセットで舞の海さんがどうだ、好きだ、嫌いだという感覚を持っている人も多いと思いますね。
    私は2人セットの解説大好き派ですが。

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