大相撲夏場所で17年ぶりの平日大入り。では、17年前とはどのような状況だったのかを検証し、人気の維持には何が必要かを考える。

6日目と9日目に国技館で大入りが出た。
平日での大入りは実に17年ぶりで、
ここまで人気が回復しているのかと驚かされる。
かく言う私も昨日は国技館に足を運び、
あまりの疲れに30分程度ウトウトしていたのだが
目が覚めた後で周囲を見ると観客がかなり増えていた。
これは来場所は大入りになるなぁ、凄いなぁなどと思っていたら、
既に大入りが出ていた、ということが有った。
一時の不祥事の影響も一段落し、
相撲を単に相撲という目線で見られるようになったことも
非常に大きいのかもしれないが、
遠藤や新横綱など、ポジティブな話題が多いことも大きい。
しかし改めて考えてみると、17年ぶりというのは
少し変な時期のようにも思う。
当時よく聞いていたのが、相撲は観たくても
チケットが入手できないということで、
そもそも国技館に足を運ぶという発想が無かったように思う。
だが、その頃既に観客動員は落ちていたのだ。
まずは当時の番付を確認してみたいと思う。


◆平成9年夏場所の番付
http://sumodb.sumogames.de/Banzuke.aspx?b=199705&heya=-1&shusshin=-1&l=j
貴乃花と曙が横綱、武蔵丸と若乃花・貴ノ浪が大関。
魁皇と武双山が既に三役に定着している。
小錦や舞の海、寺尾といった人気者も幕内下位で健在で、
栃東や千代大海が番付を上げてきている。
看板力士が充実期を迎え、脇役も定着している。
そして個性派も彩を加えて新時代の旗手たちも徐々に芽吹いている。
そんな時期であるにもかかわらず、人気が低下している。
これは一体どういうことなのか。
当時のことを思い出してみたい。
考えてみると当時の相撲界というのは、
若貴、もとい貴乃花を主語としてあらゆることが語られていた。
新星としての彼らは旧世代の伝説的横綱である
千代の富士を打倒し、新たな次代をこじ開けた。
これが平成3年の話だ。
そして勢いだけではなく、確かな実力を付け
3場所35勝という成績を引っ提げて大関に昇進した。
これが平成5年の話である。
更に、優勝はするが連続優勝できず、批判を受けた時期を経て
遂に連続優勝を果たし、横綱昇進した。そして結婚。
これが平成7年の話である。
つまり、横綱に成って2年。
毎場所のように優勝し、頂点を極めた時期こそ
丁度17年前だった、という訳だ。
我々は貴乃花を主語にして相撲を観てきた。
そして、貴乃花はその期待に応えた。
あらゆるストーリーが一旦完結し、もしこれが
貴乃花物語という週刊連載漫画であれば終了している。
ストーリーが見えにくい時期に差し掛かって
観客の興味も相撲から落ち着いた。
誰かを主語にしたブームなのだとすれば、
その誰かに関する話題が提供できなくなれば
人気が落ち着くのは当然のことだ。
当時の人気は、相撲人気でもあったが、
貴乃花人気だったと考えれば、全て合点がいく。
だからこそ、今相撲界は遠藤に依存するだけでなく
相撲ファンを作るための努力をせねばならないと私は思う。
結局は土俵の充実という、永遠のテーマに行き着くことになるのだが
昨日の嘉風のような相撲が展開されれば、或いは
人気を維持できるのではないだろうか。
ちなみに最後の平日満員の有った17年前の少し後の話をすれば、
貴乃花は整体師騒動や若乃花との不和、そして休場が続き、
引退というキーワードが付きまとうことになった。
マイナスな話題を未然に防ぐこともまた、重要なことである。
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