大砂嵐は、カチ上げで白鵬のパンドラの箱を開けなかった。四つに成ることでパンドラの箱を開けたのは、なんと白鵬の方だった。

2横綱を破った大砂嵐が、横綱白鵬と対戦した。
今場所ここまでの話題をさらっている大砂嵐だが、
彼は単に勝ちを重ねているだけではない。
つまり、上位を相手にもカチ上げを奮い、
幕内ムラの秩序を根底から破壊しているのである。
大関稀勢の里を流血させたことは、大きなショックを与えた。
鶴竜も、日馬富士も、大いに頭を悩ませた。
そして鶴竜は交わす相撲を、日馬富士は出させない相撲を取った。
だが、その決断が皮肉にも墓穴を掘る結果となった。
大砂嵐のカチ上げというキーワードが独り歩きし、
その存在だけで金星を二つ勝ち取ってしまった大砂嵐。
そして最後の獲物は、白鵬。
ここ数年、白鵬こそが幕内ムラのルールであり、
だからこそ白鵬に対して思い切った相撲を取る者は
稀勢の里以外居なかった。
ルールブックと化した白鵬を、本気で倒しに掛かる者は居ない。
故に立ち遅れるし、厳しい攻めも出来ない。
これでは勝てるはずもない。
そんな中での、大一番。
皆の焦点はただ一つ。
大砂嵐は、白鵬を相手にカチ上げを奮うのか?
そしてその時、白鵬はどうするのか?
稀勢の里にしか見せない、闇の顔をこのグリーンボーイにも見せるのか?
危うさと、愉しさ。
いや、危うさ故の愉しさなのか。
確実にこの対戦は、刺激的なことになる。
良くも悪くも、予定調和で成立してきた最近の幕内ムラは、
このエジプト人の出現によってどう変わるのか?
期待感がピークに達した、中日8日目。
だが、我々が目の当たりにしたのは、意外な光景だった。
立ち合い。
大砂嵐がカチ上げに行かない。
それどころか、張り手すらしないのだ。
四つ。
大砂嵐も四つは出来る。
だが彼にとっての勝機は、荒々しい思い切りの良い取口の中に有るはずだった。
そして何より、カチ上げは秩序を破壊することのメタファーだった。
だから私は幕内ムラの国王に反旗を翻すレジスタンスとしての役割を大砂嵐に見ていた。
だが、大砂嵐はカチ上げをしなかった。
そして、勝機を見出せない形を選んだ。
後で記事を読むと、大嶽親方がカチ上げを止めるよう指示をした、
などという話も出ていた。
それがこの立ち合いの真相なのかは分からない。
一つはっきりしているのは、大砂嵐が白鵬に一発見舞わなかったということだ。
もしかすると、誰よりも驚いたのは白鵬だったのかもしれない。
絶対的に有利な形になりながらも、動かない。
普段なら早い攻めで崩して、格が違う時は崩す過程で相手が倒れてしまう。
だが、白鵬は動かない。
普段の形ではない立ち合いで挑んだ大砂嵐。
それを普段の形ではない形で受け止めた白鵬。
世にも奇妙な光景が、土俵上で繰り広げられる。
大砂嵐は立ち合いで、白鵬のパンドラの箱を開けなかった。
白鵬は、最近土俵上で見せ続けてきた裏の顔を出さない。
そして、万全のタイミングで大砂嵐を崩しに掛かる。
こうなれば、四つに一日の長の有る白鵬が勝つのは時間の問題だ。
危うし、大砂嵐。
勝負はあっけなく着くと思われた。
が。
大砂嵐はついてきた。
四つ相撲が身上の力士達がついていけずに秒殺される
あの白鵬の攻めに、下手糞の四つで大砂嵐はついてきた。
まさかの展開だ。
1分経過。
白鵬が仕掛けた。
だが、それを待っていたのは大砂嵐。
一瞬遅れたのは、白鵬。
鋭い攻めだが追い詰めるには至らない。
胸を合わせた二人。
更に攻める大砂嵐。
だが、白鵬はこれを待っていた。
これを交わすと、さすがに残す術は無かった。
パンドラの箱を開けたのは、大砂嵐ではなかった。
そう。
白鵬の方だったのだ。
白鵬も意図して大砂嵐の潜在能力を覚醒させたわけではないだろう。
だが、獰猛に白鵬を喰いに掛からなかったことこそが
大舞台で素晴らしい可能性を見せることになるとは
白鵬も、大砂嵐も、そしてカチ上げを封印するように命じたという
大嶽親方も思わなかっただろう。
カチ上げで名を上げた大砂嵐が、
何と四つで白鵬と渡り合った。
何というシナリオだろうか。
このような筋書きは、誰も書くことは出来ないだろう。
四つに成ることによって、この怪物が更なる可能性を見せたのだ。
カチ上げで壊しかけた幕内ムラの秩序は、
四つによって塗り替えられるのかもしれない。
そしてその日は、思った以上に早いかもしれない。
凄いものを見た。
本当に凄いものを見たと思った。
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