【個性派列伝】 Vol.2 隆の山 3
新入幕で、チェコ人。
その上100キロに満たない軽量と
柔道で言うと合わせ技で何本になるか
よく判らないところまで来ている、隆の山。
そして相撲に関しても彼の場合は
規格外である。
スピードとパワーで圧倒するので、
いわゆる相撲のイメージで彼を見ていると
その未完成さ故に衝撃を受ける。
彼の相撲の取り口は、相撲を一切取ったことが無い
小学生にまわしを締めて、子供相撲大会に
参加させているあの感覚に似ている。
相撲には300年の中で培ってきた基本、
勝つための方程式とそれを身に付けるための
マニュアル、すなわち「かわいがり」をも
正当化する軍隊式のトレーニング方法が存在している。
普通は時と共に身体も技術も
方程式に即した形に変貌する。
そりゃそうだ。
日々同じ反復運動をしていればこれを身に付けることになる。
アメリカ建国やフランス革命よりもはるかに
長い歴史を持つ、我々の国技は伊達ではないのだ。
だが、隆の山は私達が普段目にしている相撲を取らない。
そして、彼はシロウト臭い取り口で
スピードとパワーにモノを言わせてさっさと勝ってしまう。
そんな規格外の取り口は本当に魅力的で、
何が起こるか判らない、
想定できないということは
嫌が応にも見ている側の興味を焚きつける。
しかし、彼は既に30前なのである。
この事実からも判るように、
実は彼は下積みが非常に長く、
この半年でようやく幕下の壁を破ったというのが
実情なのである。
少なくとも私が知る限り、
隆の山の取り口は2~3年前からあまり変わらない。
そして、そこにこそ彼の根本的な問題がある。
そう。
有り余る身体能力故に、成長し切れないのだ。
人は自信がある部分に対して
自らのアイデンティティを抱く。
それが自分を支える礎なのであり、
逆にこれが揺らぐと新たに構築するまでの間は
そのアイデンティティ以外の部分で
自信が無い限り迷走を続けることになる。
特に日本人が陥りがちなのが、
国際大会で敗れた際に敗因として
「世界の壁」
という名の壁を勝手に作り上げて、
自らのアイデンティティを否定する。
そして自ら自信を喪失して
新たな方法論が確立されるまでの間は
低迷が続くということである。
外国であれば愛国心や宗教といった部分に
自分で自分に対して信頼を置けるのだが
愛国心を持つこと自体幼いころからタブーとし、
基本的に無宗教という国柄も重なり、
自らのアイデンティティたる強みを失うと
他に支えるものが何も無くなってしまうのである。
だが、皮肉にも隆の山の場合は
頭打ちになろうとも圧倒的なスピードとパワーが
アイデンティティの否定さえさせないので、
結果は出ないが自分で自らの無限の可能性に対して
ポジティブな将来像を描いてしまう。
ストロングポイントが有ると
そのストロングポイント故に変われない、
ということは度々発生することである。
特にアイデンティティの否定というのは
辛い現実に向き合わなくてはならない
という関係上、自分に自信が無いか
それとも結果が余程伴わない場合を除いて
積極的に実施したくないことである。
だからこそ日本人は自分に自信が無いが故に
アイデンティティの否定という方向に
シフトしてしまうので、それがいい面でもあるのだが
そこに思考が行きがちなので本質的な原因分析に至らない
という問題が有る。
隆の山のようにアイデンティティが強烈であれば
強烈であるほどその否定は難しく、
現状維持をしてしまう。
そして、結果が出ないのである。
続く。