相撲解説者に一言物申す。

テレビで相撲を観ていると、相撲内容や
結果について勿論気にしながら観ているのであるが、
なにぶん私は技術的な部分や状況に応じた
判断などといった部分については全く判らない。
結果的に、土俵の上で発生している事柄を
そっくりそのまま受け入れるに過ぎない。
本当は様々な駆け引きが有り、
それを理解することによって
土俵で起きていることの根拠が分かり、
そうした部分に思いを馳せることによって
力士に近い目線で相撲を観戦出来るようになる。
こうした部分を視聴者に提供する存在。
それが、解説者である。


例えば野球を観ていた時に
川藤幸三が精神論しか語らなくても
我々は野球をある程度知っているために
彼が技術論や背景を語らなくても
個人のレベルで分析が可能であり、
あくまでも彼はマスコットとしての役割を果たしていれば良い。
だが、相撲はこうはいかない。
解説の存在は競技を実際に経験していない
シロウトに対しても「だからこうなっているのか!」
という理解を促すことに繋がり、
特に視聴者の大半がシロウトたる
相撲という競技の性格上、
他の競技と比較してもその存在の持つ
価値は非常に大きいのである。
こうした背景を持つため、我々は相撲を観る上で
競技者としての視点は確実に解説者に依存している。
しかし、悲しいことに相撲解説が原因で
気分を害する機会が非常に多い。
精神論。
結果論。
負けたり、立ち合いで変化すれば
「稽古が足りない」、
「精神的に甘い」。
地位がある力士が問題を起こせば
「品格に欠ける」。
そして、極めつけは
「昔と比べると質が落ちている」。
そう。
何かと苦言を呈することが多いのだ。
苦言というのは言葉を発している側は
あまり分からないかもしれないが、
本人が思っている以上に不快感が残る。
確かにそういう面も有るかもしれない。
真摯に向き合うべき点も多いのかもしれない。
だが、こうした意見はあくまでも
この意見を発した解説者の見解である。
そこにバイアスが掛かっているか否かは
シロウトには知る由も無い。
だからこそ、苦言を呈するのであれば
精神論に終始するのではなく
何故それが足りていないのか、
どうしてそうしなくてはならないのか
という部分を論理的且つ明快に説明する必要があるのだ。
これが出来ていなければ、
単に苦言を呈することによって
相対的に自分達が現役だった頃の
地位を高めたいだけ、ということに
帰結してしまうのである。
そもそも現役時代に飛んだり跳ねたりして
やっと小結になった人から「立ち合い変化するな」だの
「横綱の品格が足りない」だの言われても
説得力は一つもないし、大型力士を目の敵にされても
ただ羨ましいだけなんだろうとしか思えないのだ。
解説をするにはその根拠となる部分を提示しなくてはならないのは
つまりこういうことが理由なのである。
そして、もうひとつ。
解説に必要な条件として、批評する対象に対する
愛情が挙げられる。
例えばセルジオ越後のサッカー解説は
非常に苦言が多い。
武田一浩の野球解説も、批判が多い。
だが、彼らの言葉に耳を傾けると
非常に筋が通っており、
またいい結果が出た時には我が事のように喜ぶ。
嫌なことを聞くのは辛いが、
競技を観る上でその要素が必要だということが
理解できれば、嫌なこととしてではなく
エッセンスとして理解出来る。
そして、そこに至るまでには
解説者と視聴者の信頼関係を構築する必要がある。
単に批判をしたいだけの人というわけではなく、
競技の本質を説く上でそこは避けるわけにはいかないのだ。
この人はだからこそ苦言を呈しているのだ。
そう視聴者が理解する次元まで
解説者は競技に対して真摯な態度で説明しなくてはならない。
そういう意味で、北桜や潮丸の解説は
こうした条件を満たしており、
聴いていても素直に受け入れられる。
こういう解説が少しずつ増えていることが
私は嬉しいのである。
だが、大部分の解説者については
そうした信頼関係が構築できていないまま
苦言ばかりが先行しているため、
相撲を観る上で単にノイズになってしまっている。
楽しい相撲観戦と、理解の深化のためにも
更に品質向上に努めてほしいと願わずにはいられない。

相撲解説者に一言物申す。” に対して 7 件のコメントがあります

  1. 将ノ錦 より:

    賞賛する人は具体名を挙げ、批判する人に対しては
    「そもそも現役時代に飛んだり跳ねたりして
    やっと小結になった人」
    などという。
    これは悪意しか感じられません。
    安直に変化する力士に対しては、
    単に批判することこそが愛情でもあるのです。
    場所中に書かれたのなら具体的にどの取組のどのコメントか、挙げたほうがいいと思います。
    でないと根拠も中身もない批判ととられても仕方ないですよ。

  2. なの。 より:

    相撲の場合、解説を任される親方衆よりも実況のアナウンサーの方がしっかり相撲を理解して説明してくれる事が多いような気もします。
    あと、以前あったデーモン小暮と出島、栃東によるお話は面白かったですね。
    ああいうのをまた見たいです。
    ラジオの秀の山親方は、言い方話し方は微妙ですが、内容はそこそこあるかなとも思います。

  3. けんぞう より:

    苦言ばかりだとは思わない。
    実際に相撲の質が落ちてるのは素人でもわかる。
    今日の解説者は筋が通ってると思う。
    それよりも個人的な好き嫌いをここであーだこーだ言う方がおかしい。ノイズになるなら、テレビを消せ。

  4. Nihiljapk より:

    >なの。さん
    コメントありがとうございます!
    確かに、NHKのアナウンサーの方は
    全てのスポーツに言えるのですが、
    競技についての理解が相対的に深いので
    解説に振る時に既にきちんと説明してくれることが多く、
    気が付いたらアナウンサーの方の説明に
    膝を打つことも多いです。
    デーモン閣下と貴ノ浪の絡みも大好きです。
    やっぱり競技への愛情なんですかね、
    単なる批判で終わらない、
    いろんな見方をした上で言葉を選んでいる人達の
    言うことにこそ耳を傾けるべきだと思いました。

  5. こっぺぱんち より:

    舞の海氏が変化を批判するのは、それが「その力士にとっての
    安易な手段」だからではないでしょうか。つまり、平均サイズ以上の力士が変化を多用すれば、目先の一勝には手っ取り早いかもしれないけれど、先々の何敗にもなって返ってくると言いたいんだと思います。それと比べると、舞の海にとって飛び跳ねることは「必須の選択肢」でした。なにせあのサイズですから。現役時代にできなかったことは解説するなというのでは、
    大横綱くらいしか適任者がいないことになってしまいます。
    それに舞の海氏に愛情がないとは思いません。例えば土曜日の
    妙義龍に対する解説などは技術論と称賛が十分にありました。
    長々とした反論、申し訳ありません。
    私は舞の海氏の解説には好意的だったので、反論させていただきましたが、ブログ主さんのような解釈もあることには興味深く読ませていただきました。
    ちなみに、野球の武田氏の解説は私も好きです。
    いつも興味深く読ませていただいています。

  6. 相撲好き より:

    確かに「横綱の品格が足りない」なんて発言したのは驚きです。本当にそういう発言をなさったのでしょうか?
    舞の海さんは技術解説は豊富にされてますよ。精神論が多いのは北の富士さんなんかです。
    現役時代に飛んだり跳ねたりして
    やっと小結になった人 という記述がありましたが、これは解説の手法を批判するうえで必要な表現でしょうか。
    また、指示語が全体的に多すぎて、論理的でないところが散見されますよ。

  7. はじめまして。 より:

     今場所、BSの幕下解説で、元北勝力さんが解説していた中で、“引き技で勝つのも相撲のうち”というようなことを言っていました。
    私はものすごくイヤーな気分になったものです。
    大相撲は、“相撲道”ですから、悪しきものに対して苦言を呈するのは当然のことです。また、“相撲道”である以上、辞める時まで、強くなるための努力(稽古)を惜しんではいけません。
    このことを単なるタテマエとして、横っちょにおいてきてしまうと、大相撲なんてただのデブのじゃれ合いであります。じゃれあった末に、狭い土俵から相手を出すなり足の裏以外を土俵につければ良いという。
    もう一つ。ずいぶん前に、野村元楽天監督が相撲中継のゲスト
    で出演していましたが、やたらと強い相手の隙を付けだのなんだの言っていて、二度と相撲には来ないでほしいと思ったものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)