栃ノ心だからこそ切り開いた未来は、大相撲を変える。

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稽古総見での稀勢の里と、照ノ富士。

5月3日。
稽古総見。

1年前の喧騒とは裏腹に、雨模様も祟ってか人の入りは少し寂しいものだった。だが十両以上はほぼ全員参加することになるこの公開稽古イベントの価値はいつだって変わらない。

ただの稽古ではない。毎年ここでかならず事件が起きる。今年は初三役の遠藤がかわいがられることになり、館内は大いに盛り上がった。

だが私の目を惹いたのは3名の力士だった。

稀勢の里。
照ノ富士。
そして、栃ノ心。

左の使えない稀勢の里は、見ていて悲しかった。あれは私の知る稀勢の里ではなかった。出れば確実に引退だろう。そういう想いを抱かずにはいられなかった。

照ノ富士は足が細く、身体は萎み、顔はむくんでいた。周囲の中でそれが照ノ富士だと気付かなかった者が居たほどだ。5勝出来るか。十両に残れるか。希望的観測すら抱けなかった。

稽古総見での栃ノ心の衝撃

栃ノ心は、その二人とは別の意味で驚かされた。

まずはその体だ。
私が運よくマスの3列目という非常に近いところから観る幸運に恵まれたこともあり彼を間近で目撃したわけだが、力士とは思えぬ筋肉の張り方に衝撃を受けた。

こんな力士が存在するのか、と。

力士の体で驚いたのは、鶴竜が一気に横綱に昇進した時だ。2ヶ月程度で見事な体を創り上げた。聞くところによると10キロ増量したという話だったのだが、あの時私は30前後の力士が一体何故この短期間でそこまで体を作れるのか疑問だった。ただ増やしただけではない。あれは、筋肉の鎧だった。

栃ノ心の肉体は増量したという印象は受けなかったが、あれは力士ではなくアスリートのそれだった。元々そういう体ではあったが、更にアスリート仕様に、筋肉がより鮮明な体へと変貌していた。

そして、その相撲内容だ。
まず、負けない。

稽古の相撲は本番とは違う。立合いの駆け引きも、思い切った変化も、激しい打撃もそれほど無いのが稽古だ。それぞれがそれぞれの思惑も持って本番に備えた「練習」を行う。

様々な側面から考えて、栃ノ心は稽古で強い力士だ。だから、これだけ勝ちを重ね、息が上がって動けなくなってようやく敗れる姿を目の当たりにしながらも、本番ではそうはいかないだろうと、自分を自制していた。

だが、割り引いても、その強さは強烈だった。割り引こうと思わねば正常な思考が出来ないほどの強さだったのだ。

とにかく、左が入る。なぜこんなに左が入るのかと思う程、左が入る。これだけ自分の体勢になれば強い。自分の形になれば元々強かったが、形になるまでが大変だった。受けてから自分の形に持ち込む強さもあった力士なのだが、攻めて自分の形が出来るのだ。

これは、只のサクセスストーリーではない。

本番が始まっても、それは変わらなかった。

初日に松鳳山を強引に吊り上げようとした取口を見て、こんな相撲があるのかと驚いた。栃ノ心が相撲を取ると、もう栃ノ心の強さしか印象に残らない。相手は成す術無く敗れる。選択肢が増えようとも、それは変わらなかった。ただひたすら強い。

連勝を重ねる中で、私の不安は怪我だけになった。

もし逸ノ城と当たって、攻めを許す展開になったらどうなるだろうか。好調な時ほど無理にでも残せてしまう。だから土俵際での怪我が増えるという持論がある。昇進したての高安ものけぞりながら土俵際で残す相撲が多かったし、番付を駆け上がっていた頃の照ノ富士に攻められる豪栄道は観ていられないような体勢で粘っていたように思う。

もはや、怖いのはそれだけだった。

逸ノ城戦で攻められた時はそういう想いが肥大化していたことと、現地観戦していたことから正に肝を冷やしたが、それも一瞬だった。栃ノ心は受けても強かった。地位が付く付かないは別にして、あれはもう、大関だった。

この強さは、大怪我を経たからこその強さだ。

アスリート的な強さ、把瑠都や琴欧洲と同じ、相撲とは別の種目を見ているかのような強さこそが彼の強さだったが、その強さ故に上位で勝てる相撲は取れていなかった。あの頃は阿覧や臥牙丸のように力士に成り切れないヨーロッパ系力士が多い時代だった。そして栃ノ心もそうした力士の一人だった。

怪我をして、栃ノ心は力士としての強さを兼ね備えて戻ってきた。必ず左が入るのは、彼のアスリート的な素養の高さだけに起因するものではない。そう。それは大相撲の技術に向き合い、鍛錬を重ねた賜物なのである。

だからこそ、この復活劇を通り越したサクセスストーリーは眩く映る。ここ10年、怪我でキャリアをスポイルする有望力士を目の当たりにし続けてきた分だけ、そこから立ち直った栃ノ心の活躍は低迷する力士の勇気にもなるし、そして栃ノ心長期欠場が一つの選択肢になるのではないかという期待もある。

とはいえ、大相撲がまたしても怪我をスパイスとして盛り上がってしまったことに複雑な想いもある。栃ノ心を見習え、怪我と寄り添えば良いのだ、というメッセージになってしまっては困る。そして恐らく相撲協会はそのように捉えるのではないかと私は思う。

栃ノ心だからこそ、若い頃から上位で相撲が取れていた。
栃ノ心だからこそ、怪我をしても長期欠場という選択が出来た。
そして栃ノ心だからこそ、怪我を経て更に強く成れた。

栃ノ心のストーリーは魅力的だ。
だが、そのメッセージの受け止め方は人によって異なる。
只の感動ストーリーではない。
だからこそ、栃ノ心の切り開いた道から考えたい。

栃ノ心が、大相撲を変える。
今日の白鵬に勝利できたのだから、それができるのではないかと私は思うのである。

お知らせ

◆5月場所観戦会のお知らせ◆

日時 2018年5月26日㈯ 15:00~18:30

場所 阿佐ヶ谷 浪漫社

参加費 4000円(フリードリンク)当日払いです。
(欠席の場合、キャンセル料は発生しません)

食べ物はありません。
食べ物、飲み物の持ち込み自由です。
そのまま残って飲んでいただくこともできますが、19時からは通常営業となります。
(チャージ500円+1時間に1杯以上のドリンクのご注文をお願いします)

ご予約はこちら。

◆トークライブのお知らせ◆
6月9日18時より錦糸町丸井のすみだ産業会館でトークライブ「第7回幕内相撲の知ってるつもり!?」を開催します。
今回も週末に実施します。テーマは「歴代一位」ですので、是非お越しください。
トークライブの予約サイトはこちら。

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