「巡業は減らすべき」という方に考えてほしいこと。負荷は本当にかかっているのか。減った収入はどうするのか。
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相撲界も日常が戻ってきた
2023年になり、ようやく相撲界も日常が戻ってきた。
大阪場所辺りからは観客動員も大きく戻り、観客の面で苦戦することの多い九州場所ですら連日満員御礼ということだった。
九州に関しては空席も目にするので、「満員御礼」が果たしてどの程度信頼して良いものなのか?というのは少し疑問ではあるが、2022年までのことを思うとかなり前向きなことだと思う。
ファンサービスも巡業も戻ってきた。
そして、場所前になると力士がバラエティに出演するようにもなってきた。
力士も関係者も、そしてファンも苦しかったこの数年からようやく脱却して、真の意味で相撲を楽しめるようになってきたということだと思う。
どこかでコロナを気にしながら力士や関係者のことを案じて、応援するにも自分をセーブして、という状況だったことは、力士とファンの絆を深めた部分もあったとは思うが、相撲に集中できているという訳ではなかったことも事実だった。
だから、振り返るとコロナの蔓延から4年近く経過したことによってその状況が大きく変わってきたということを素直に歓迎したい2023年だったと言えるだろう。
「力士の負担を考慮し、巡業を減らすべき」という主張
ただ、少し気になる主張が見られたことも事実だ。
力士の負担を考慮し、巡業を減らすべきだ、ということである。
2023年は巡業が戻ってきた年でもあった。どこの都市でも多くの観客が見られ、最後に巡業を数多く行った2019年に比べると好調ぶりは明らかだった。
場所が終わると関係者は巡業に出て、ほぼ毎日、番付発表までは地方を中心に巡ることになる。
そして、番付発表からはペースを上げて本場所モードに移行し、勝負の15日に臨む。力士というのは本当に大変な立場だ。
かつては「一年を二十日で暮らすよい男」という川柳があり、江戸時代には本場所の20日間相撲を取れば暮らしていけるということを謡ったものだが、この憧憬というか、皮肉というか、そういった想いと今の大相撲は対極にあると言って良いだろう。
まぁ当時も巡業は存在したので、そのような良いものではなかったということは補足しておく。
とはいえ、本場所6場所についてもかなりの負担を強いているにもかかわらず、巡業を場所の合間にこれだけ入れるのはどうなのか?というのは2011年に相撲の人気がどん底になり、その後2015年辺りにV字回復の頂を迎えた辺りの頃によく言われていたことだ。
力士がケガで休場したり、精彩を欠く姿を見せると、定期的に一定数がこの主張をしていたように思う。
巡業は本当に力士にとって負荷になっているのか
ただ、果たしてその主張はどうなのだろうか。
まず力士の負担という点に関して考えたいのだが、これはヒヤリングが必要ではないかと思う。
というのも、これはあくまでも外部の者、特に実際の負担を分かっていないファンが主張しているということがその理由として挙げられる。
巡業の取組は本場所のそれとは大きく異なる。これは巡業の取組と本場所のものを見比べていただければ明らかだ。
そして、本場所中の怪我や稽古場での怪我というのは話題に上がりやすいが、巡業中の怪我というのはそれほど聞かない。
これに関しては巡業による疲労の蓄積からの稽古場や本場所の怪我という結果を招いている可能性があるので、巡業での怪我を聞かないことが即負担が少ないことの証左にはつながらないとはいえ、負担を検証する上で一考の価値はあるとは思う。
しかし力士に直接「巡業って体に負担になっていますよね?」とストレートに聞いても恐らくファンや協会のことを考えて「いやそんなことは無いです」と回答されることが予想される。
そのためこれに関してはフラットに意見が聞けるよう配慮と工夫が必要ではないかと思う。客観性を担保することは重要だ。
巡業を止めるとしたらその分どうやって収入を得るか
そしてもう一つ大事なことを考えねばならない。
それは、仮に巡業を止めるとしたらその分どうやって収入を得るか?ということだ。
本来であればこの点は用意したうえで巡業を止めるという選択肢を提示すべきことだとは思うのだが、巡業止める派の方の大多数は残念ながらそこまで考えが及ばないのが実情だ。
600人の力士と、それ以外にも関係者を多数抱えているのが相撲協会という組織だ。存続のためには少しでも多く収益を得る必要がある。
ましてや今の世の中で年収4000万円は魅力的ではあるが、年収だけで見れば数十億が稼げるメジャーリーグ、海外サッカー、テニス、ゴルフ、総合格闘技にプロレスといった競技が文字通り桁違いの収入を上げられる。
この状況で収入を落とすことに繋がる決断は誰が考えてもし難い。これは謙虚に受け止めねばならない。だからこそ「巡業を減らす」という主張は机上の空論に過ぎないのである。
なお、「怪我が増えている」というのもまた、実は印象でしか語られていない部分なので、これについては別の機会で語れたらと思う。
意見するときに対案が必要なのは、政治の世界だけの話ではないのだ。