Number webに『「白鵬杯」で感じた希望と危惧。相撲界がこれからも繁栄するために。』を寄稿しました。

白鵬も白鵬杯も、それを支える人も素晴らしい。

Number webに『「白鵬杯」で感じた希望と危惧。相撲界がこれからも繁栄するために。』を寄稿した。

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今回は縁あって白鵬杯のお手伝いをすることになった。外で観ているよりも断然、それを支える大人たちの努力を感じることになった。

見ようによっては「たかが」子供の相撲大会だ。行われているのは、延々と子供たちの闘いである。それ以上でもそれ以下でもない。だが、そこに意味を見出し、スポンサーを募り、補助金を出してでも参加者を集め、彼らを取り巻く大人たちが両国に集結し、動画を配信し、お菓子を配り、スーパーボールをすくい、皆が楽しい思い出と相撲に対する憧憬を深めて家路へと向かう。

「楽しい思い出」と「相撲への憧憬」。

言うのは簡単だが、それを生み出すのにはこれだけの苦労が必要なのだ。子供たちをただ闘わせるだけでは、白鵬杯はこれほど意味を持つことは無かった。町内会の相撲大会でもなく、わんぱく相撲大会でもなく、これは、白鵬杯だからこそ出来たことである。そしてそれは、他の誰にも、どんなユースのスポーツ大会でも成し得なかったことなのだ。

白鵬という力士は、とても難しい存在だ。

時に物議を醸すが、相撲のことを誰よりも考えている。一人の力士としても、内弟子を抱える立場としても、そして相撲の未来を想う立場としても。意味のある行いをしても、物議の部分を嫌う方は善い行いも正しく評価しない。だからこそ勿体ないと思うが、白鵬杯を含めてもっともっと評価されるべきだし、現役時代を俯瞰して見られる時がやってきたら、揺り戻しが来るのではないかと思う。だが、それでは遅いのである。

翻って、相撲協会は何をしているのか。

だが、白鵬杯は本来、一人の力士が立ち上がって行わなくても良いことだ。誰もやらないからこそ、白鵬は将来を憂い、大相撲を想い、貴重な時間と労力を割いて9回も大会を運営してきた。なぜ一人の力士にここまでさせねばならないのか?

それは、本来相撲の未来を考えるべき組織の怠慢に起因している。つまり、相撲協会が至らないのである。

大相撲への入門者はここ10年くらいほぼ変わっていない。ピーク時の三分の一程度だ。単純にピーク時よりも優秀な力士が入門する確率が三分の一に減っているわけではないのだが、品質が下がることはあっても上がることが無いのが実情である。

白鵬杯は、もともと相撲に取り組んでいる少年達にさらに相撲を好きになってもらうためのイベントだ。つまり、種から芽を生やし、芽から強い茎を作り出すという意味で重要なのである。

相撲協会は種を撒いているのだろうか?そして、種から芽を生やすために何かしているのだろうか?

握手会をさせる?

バラエティに出演させる?

巡業を行う?

力士に負担を掛けることも一つの手かもしれない。だが、それらの大部分は既存ファンを楽しませる行為であることを自覚せねばならない。新しいファン、新しい力士を増やすためにはどうすれば良いのか?そこが一番大きな問題であり、誰も着手していないところなのである。

白鵬の現役時代は、終わりが見えつつある。

これ以上白鵬にばかり頼れないのだ。

その時、誰が大相撲の未来のために絵を描き、行動に移せるか。考えれば今すべきことは分かるはずだと思う。

お知らせ

1.4月13日18時30分より、大阪なんばカルチャービルでトークライブを開催します。今回は初の大阪開催となります。今まで足を運べなかった方も、ぜひお越しいただければと思います。ライブの詳細と予約サイトはこちら。

2.4月06日18時00分より、錦糸町すみだ産業会館でトークライブを開催します。東京では10回目の開催となります。皆さまいつもありがとうございます。テーマは後日発表いたします。ライブの詳細と予約サイトはこちら。

3.Instagramサイトをリニューアルしました。大相撲がある日常というテーマで写真を掲載しておりますので、ぜひご覧ください。Instagramサイトはこちら。

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