敗退行為の後に待ち受ける茨の道。生きろ、服部桜。

服部桜について、もう一度だけ記事にしておきたい。

ご存知の方も多いかもしれないが、序ノ口力士:服部桜が3度に亘る敗退行為を行ったことが話題になっている。当ブログでも、以下の記事でその顛末を紹介した。

序ノ口力士:服部桜の3度に亘る敗退行為に、深い悲しみを覚える。

大相撲のピラミッドの最底辺だからこそ、序ノ口は本来大物力士のデビューくらいでしか話題にならない。下手をすると、序ノ口の取組でここまで波紋を広げたことは大相撲の歴史の中でも無かったのではないかと思う。これは当初一般ニュースとして世間が知ったことではなかった。Twitterから話題になり、相撲ファンの領域を超えて珍事から事件へと様相を変えた。

そして恐れていたように、このニュースは更に拡散される結果となった。少し変わったニュースが報じられると、最近ではまとめサイトで取り上げられ、その後新聞でも紹介されることになる。

私は二つのことを心配している。

一つは、今回の出来事について更なる混乱を招くこと。もう一つは、服部桜の今後である。一つ目については、収束するのではないかと先の記事で感じた。

大相撲の不名誉な出来事が更に多くの方の目に触れることについては無念だが、この記事で紹介されたために式秀親方の説明が得られたことは非常に大きなことだった。式秀親方の説明を引用したい。

「細い体(1メートル80、64・4キロ)で相撲経験がない中、(初土俵から)1年やってきて首が痛くなった。相手に対して萎縮してしまった」

このような出来事が起きると繕おうとして疑問の残る弁明をしがちだが、「相手に対して萎縮してしまった」という事実を認めたことは非常に良かったと思う。弁明が更なる弁明を呼ぶ恐れを産む事態は避けられた。まずはそこに安心した次第である。

そして問題は、二つ目だ。

今後服部桜はどうするのか。

果たして服部桜は相撲を続けるのだろうか。事件化した以上、一旦休場させるというのも一つの手だったと思う。だが服部桜は出場という選択を取り、普通に敗れた。「普通に敗れる」という説明が必要なことは寂しいことだが、あのような出来事が有った後で、更なる混乱を招く取組にならなかったことにまずは安堵した。

ただ、現役を続行するのは茨の道であることは間違いない。

服部桜という名前は広く知れ渡ってしまった。そしてその名前と「3度の敗退行為」という言葉と記憶がセットで盛り込まれることになってしまった。服部桜が出てくれば、あああの変な相撲取った力士ね、という記憶が呼び起されることになる。不名誉で不謹慎だと言われても記憶までは書き換えられないので、こうした事態は避けられない。

更には、服部桜だから名誉回復が難しい理由が有る。
それは服部桜がここまで1勝36敗という力士だからである。

本来力士が不祥事を起こした場合は「相撲で取り返せ」という言葉が投げかけられる。不祥事が力士を更に強くすることも有る。そして彼らが力士である以上、相撲で生き様を見せるしか選択肢は用意されていない訳である。言い換えると彼らが力士だからこそ、相撲を続けていればそれが出来るのである。

服部桜は現時点で取組を続けている。相撲で取り返すという選択を取った訳だ。だが序ノ口で1勝36敗という力士が結果で名誉回復するのは困難を極める。

まず、序ノ口で勝てるようにならねばならない。
次は、序ノ口で勝ち越さねばならない。

序二段に昇進したら、更に次が有る。
まず、序二段の下位で勝てるようにならねばならない。
次に、序二段の下位で勝ち越さねばならない。

無理とは言わないが等しく相撲に向き合い、等しく‌精進する力士を相手に服部桜は上回り続けねばならない。ましてや彼は、180センチ70キロという体格である。そして、相撲の技量も現時点では見ての通りだ。相撲で取り返すには1日何時間相撲に向き合わねばならないのだろうか。結果で名誉回復するという手段は、本当に難しいのだ。

では姿勢で見せるという手段はどうだろうか。

これは結果で見せるということに連動するが、相撲で見せるのが有効なのは、多くの方に相撲を見せる機会が得られるからだ。結果で生き様を見せながら、相撲で生き様を見せるからこそ、不名誉は許される。今の地位の中で真摯に相撲に向き合うことは確かに必要だ。そうすれば服部桜の話題を半笑いで出した方に対して、序ノ口から相撲を観ている方は今の服部桜について言及することになるだろう。だが、そのようなファンは非常に稀だ。序ノ口というのは残念ながら、そのような地位である。朝8時から国技館に駆け付け、18時まで実に10時間も取組を観続けるファンなど、本当に僅かだ。

服部桜が今のまま相撲を辞めるとしたら、更なる地獄が待ち受けている。そう。服部桜は名誉回復していないからだ。

次の道を探しても、その重過ぎる十字架を背負うことになる。就職を前に、面接先の企業が彼を検索すると過去の出来事が出てくる。このようなことが手軽に出来るのが、2016年である。何かをやらかしてしまえば、名誉回復しない限り過去の自分が今の自分を苦しめる。未来は変えられる。だから今を大事に生きなければならない。そう締めることは簡単だ。

 

だが、過去は消せないのだ。

 

過去の持つ重みは、15年前から桁違いに増している。人は忘れるが、記録は忘れてはくれない。忘れていた記憶を呼び起こすことは、グーグル検索をすれば誰にでも出来る。服部桜は生きねばならない。相撲を続けるにしても、辞めるにしても生きねばならない。過去の自分を受け止めながら、今を生きねばならない。

生きろ、服部桜。
今掛けられる言葉は、これだけである。

 

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