千秋楽の一番は、白鵬が稀勢の里を認めた歴史的取組である。

2017年初場所、千秋楽。
白鵬対稀勢の里。
それは、観たことが無い闘いだった。
立合い。
素早く立ち、右から張り差しが炸裂する。
後退させる。
みるみるうちに徳俵に足が掛かる。
寄りまくる。
更に寄りまくる。
相手はエビ反りだ。
更に攻勢を強める。
そのまま勝負を決めに掛かる。
だが、体幹は崩せていない。
身体を開き、逆転のすくい投げ。
攻めに行き過ぎた体は、そのまま落ちた。
驚くべきは逆転したのは稀勢の里であり、攻めていたのは白鵬だったことだ。
白鵬は、何故あそこまで早く決めに掛かったのか。見ての通り今日の白鵬の攻めは、一気に決められなかったならば隙だらけだ。白鵬ほどの横綱であれば、そんなことは重々承知している。
つまり今回の白鵬の作戦は、一気に決められれば白鵬の勝ち。決められなければ白鵬の負け。そういうリスクを許容した上での戦略だったわけである。
一言で表すと、賭けだ。
白鵬は賭けに出た。
そして、敗れた。
この作戦が果たしてベストな選択だったのかは分からない。いわゆる白鵬にとってのオーソドックスを出していればどうだったのだろうか。ただ、ひとつだけハッキリ言えるのは白鵬は普段の相撲ではなく、一か八かの相撲を選択したということだ。
考えて欲しい。
白鵬は、稀勢の里を相手に賭けに出た。
これは一体どういうことだろうか。
安定するスタイルを捨て、リスクを受け入れた上で危険な相撲を取る。もし稀勢の里が取るに足らない力士であったとしたら、このような相撲を取るだろうか。ましてや、稀勢の里は昨日既に優勝を決めている。優勝を逃した白鵬は、第一人者のプライドを賭けて稀勢の里を倒したいところだ。
稀勢の里に勝つためにプライドを賭けて選んだのが、リスク有る戦略。そう。白鵬は稀勢の里を認めたのだ。
これまでの白鵬は、稀勢の里を相手にこういう相撲をすることが有った。それも、大一番で。しかし、それは白鵬が稀勢の里を呑んでいるからこそ、精神的に上位に立っているからこそ出来る、大胆な作戦だった。
今回は、違う。
優勝を逃して、呑んだ相撲が取れるだろうか。プライドを賭けて勝ちたい相手に、そんな余裕は有るだろうか。
白鵬は、全てを賭けて稀勢の里を倒しに来た。だがそこに有ったのは、稀勢の里に勝つために形を変えた大横綱の姿だった。私は優勝が決まった後でも全力を賭けて、横綱として勝ちに来た白鵬に脱帽した。そしてそれを乗り越えた稀勢の里にも、脱帽した。
白鵬の全てを賭けた攻めは、不恰好だったが美しかった。そして、強かった。稀勢の里は、そんな白鵬の攻めを受け止め、受け切った。
あの攻めを凌いだのは、稀勢の里の強靭な下半身だ。それを創ったのは、鳴戸部屋時代の猛稽古だ。最後の最後で白鵬を超えたのは、他ならぬ鳴戸親方の遺産によるものだったのである。
稀勢の里を認めた白鵬の、全てを賭けた攻め。そして、全てを受け止めた稀勢の里は、白鵬を上回った。
またしても、美しき瞬間に立ち会えた。
それがたまらなく嬉しかった。
取組の前に、臨時理事会を開催することが決定していた。稀勢の里の横綱昇進については議論が別れるだろう。賛成も居れば、反対も居る。その是非については、別の機会に語ろうと思う。ただ反対意見が有る以上、昇進後の稀勢の里は更なる困難に身を投じることになる。
しかし、私は思った。
仮に昇進で批判を受けても、稀勢の里は立派に横綱としての務めを果たすだろう、と。
何故なら、稀勢の里は白鵬が認めた男だからだ。白鵬に弱者の戦略を取らせる力士、それが稀勢の里だ。そんな力士が他に居るだろうか。もう、それだけで十分である。
恐らく無いだろうが、稀勢の里が仮に昇進出来なかったとしても、少なくとも白鵬の中では稀勢の里は横綱だ。全てを賭けた白鵬の攻めは、横綱昇進に向けての卒業試験だったのだ。
地位として横綱の座を手中に収めることは、勿論素晴らしいことだ。だが、それ以上に価値の有る次元に稀勢の里は千秋楽で到達した。
大阪場所は、新たな時代の大相撲の始まりである。また稀勢の里と白鵬に会える日を楽しみに、1ヵ月半を過ごしたい。
ただひとつだけ、残念なことが有る。今回ばかりは相撲ロスになりそうなことである。
◇Facebookサイト
幕下相撲の知られざる世界のFacebookページはこちら。
◇Instagram◇
幕下相撲の知られざる世界のInstagramページはこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)