白鵬の立合の是非と、AbemaTVによる服部桜を笑った件。「そういうものだ」をいかに継承するかが今、問われている。

白鵬の立ち合いの是非。
そして、AbemaTVで服部桜を笑った件。

後者については以下を参照いただきたい。

服部桜を笑うAbemaTVと山根千佳が、猛省せなばならない理由。

どちらを取ってもわからない人には分からない。
だが、分かる人には分かる。

分からない人は、それを説明しろと言う。
あらゆることに説明が求められる時代だ。
そして、平等を求める時代でもある。

ルール上良いのであれば、全て良いではないか。何故白鵬が嫌われなければならないのか。そう言う人は必ず次の言葉に「差別」というワードを持ち込みたがる。

AbemaTVの一件にしても然りだ。何故山根千佳が批判されなければならないのか。そう言う人は必ず次の言葉に「嫉妬」というワードを持ち込みたがる。

そういうことじゃないと言っても、頑として聞かない。相撲と差別を結びつけてナショナリズム批判をするような方も居て、本当に肩身の狭い思いをしている。

総じて相撲ファンではない方からそういう指摘を受けるので、理屈で説明する。それでも彼らには通用しない。説明を求められているから説明しているのに、その説明を受け入れる気が無いというのは一体どういうことなのかと思う。これは私の愚痴だ。気にしないでほしい。

特徴的な二つの件について考えてみたが、要するに相撲を観ている人がなんとなく理解できることが、2018年には総じて理解されない、理解をする気も無いということが問題なのだ。

そして困ったことに言わずともかくあるべきという大相撲の不文律を、観ている側はともかくとして、白鵬を始めとする力士も報じる立場のメディアも理解できていない点にあると私は思う。

子供の頃から相撲に接していれば、大相撲の美学は理解できる。そして、そこから外れた行為に対しては違和感を覚え、不満を口にすることになる。

そろそろ私は、安易に引きに行く力士さえも何が悪いのだと擁護する勢力が現れるのではないかと思う。そして大相撲の美学が明文化されていないことを盾に、相撲は偏狭な世界であると批判されるのではないかと思う。

ただ、あらゆる批判は究極的にはこの一言で返すことになる。
「そういうものだ」と。

必要なのは「そういうものだ」ということを、まずは力士とメディアが理解すること。そして行動することだと思う。「そういうものだ」が繰り返されて来たからこそ、それを吸収してきたファンは、大相撲の美学を学び、継承してきた。

今、大相撲の価値観が問われている。
美学が問われている。
強い言葉に屈せず、貫いてほしいと切に願う。

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白鵬の立合の是非と、AbemaTVによる服部桜を笑った件。「そういうものだ」をいかに継承するかが今、問われている。” に対して3件のコメントがあります。

  1. shin2 より:

    「アベマ相撲」をまだ見ていないので「山根親方」についてのコメントはできないのですが、白鵬の立合いについては、一月場所三日目のNHKテレビ解説の境川親方がわかりやすく説明されています。
    >>
    ・「かち上げ、かち上げって言いますけど、かち上げっちゅうのは本来は、ちゃんとしたルールに則って、体当たりで腕で(を)振り抜いて、相手を起こすっちゅうのがかち上げなわけで」
    ・「白鵬が非難されるのはやっぱり、張って、相手の顔を止めて、制止して、そこをピンポイントで肘で狙っていくでしょ?だからかち上げというよりも、肘打ちのイメージが強いから非難されると思うんですよ」
    ・「かち上げそのものが否定されるのはおかしいと思うんですよ。かち上げも立派な立ち会いですから。白鵬の場合は、手で張って、相手の顔を制止して、そこに顔ないし顎に肘をぶつけにいくから避難(原文ママ)されるんですよね。そこんところ、勘違いしないようにしてもらいたいですね」
    >>http://blog.livedoor.jp/ninji/archives/51399508.html

    具体例の動画貼っときます。相手は境川親方の弟子・大関豪栄道です。
    >>白鵬 vs 豪栄道 2017年大相撲名古屋場所14日目 20170722
    >>https://www.youtube.com/watch?v=twXb3u_Ze4k

    境川親方、典型的な「体育会系の九州男児」で、ちょっと苦手なタイプだったんですが、現在の相撲協会ではトップクラスの理論派親方と言ってよい。現在九州場所担当部長をされておられるが、むしろ「広報部長」をお願いしたい(現在の春日野親方もテレビの解説を聴くと理論派なのだが、強面とガラガラ声と「アイアン」で損をしている)。

  2. う~む。価値観とか美学とかいうものも時と場所によって変わるもので、大抵は理屈で説明できるものだと思います。

    ☆ ☆ ☆

    例えば日本の野球ではプロ・アマを問わず、何点リードしていても盗塁や送りバントを続けるのが真剣勝負なら原則です。野球はどんなに点差が離れていても理論上は逆転可能ですから、盗塁や送りバントは勝ちにこだわるポジティブな態度と見なされますし、たとえばベンチからの送りバント指示を無視してヒッティングして、ダブルプレーならともかく走者交代という事態にでもなろうものなら、監督によっては迷わず、そのバッターランナーに代走を出すでしょう。

    ところが米国の野球文化では、そういう場面では盗塁・送りバントのほうこそNGです。すでにほぼ勝ちを手中にしているのにダメ押しをしている、野球の美学に反する、として、今でも国際試合などではトラブル(報復のデッドボールとか、それに呼応した乱闘とか)の原因になっています。

    この2つの主張はどちらも理屈で説明できます。そして最終的には、違う前提に基づいて違う不文律が存在しているのだ、と認めあうしかありません。

    ☆ ☆ ☆

    この記事で西尾さんが「美学」と呼んでいるような思想も、いくつかの前提(「神事としての相撲」の特徴、スポーツ医学上の合理性、etc)をきちんと確認した上で、それに合致し、かつ、明文のルールの範囲内で合理的に勝つための方法として長い歴史の中で少しずつ改良され続けてきた方式のはずです。なぜその形なのか、きちんと研究すれば理屈で説明できるはずなのです。

    (誰か、引退後に大学院で相撲を歴史と運動生理学の両面から研究しよう、という人は出てきませんかね?先日引退した日馬富士も大学院に通っていますが、専門が全く違いますし。)

    問題は、最近目立ってきた論者たちが
    ・自分の結論を曲げるつもりが最初からない
    ・相手がどれだけ論理的に説明しても、聞き入れるつもりがない
    ・つまるところ、論題は何でもよくて、相手を負かして悦に入ることが目的
    という特性を持ち合わせていることでしょう。ツイッター等でも近年、こういう連中に囲まれて議論が噛み合わないという事態は頻繁に起きています。つまりこれは、大相撲の価値観を云々する以前に、「他人の意見を尊重する」「論理的に議論する」という、議論の作法が揺るいでいるという問題です。

    (実例としてタレントさんを何名か紹介したいのですが、ここに書くのはふさわしくないと考えますので、必要であれば直メールでお問い合わせください。)

    ちなみに、
    > そろそろ私は、安易に引きに行く力士さえも何が悪いのだと
    > 擁護する勢力が現れるのではないかと思う。
    というのは杞憂だと思いますよ。相手の両足が揃ってしかも動きが止まったら、引き気味に動くのもセオリーのひとつであってこれは「悪い引き」ではありませんし、あるいは、「この人はいつも引く」と分かっていたらそれには対抗策が用意できます。つまるところ「”安易に”引くのが悪いのは、相手が前に出てきたときに無防備になるから」と説明できます。

    というわけで、
    > ただ、あらゆる批判は究極的にはこの一言で返すことになる。
    > 「そういうものだ」と。
    という結論には俄かには賛成しかねます。マトモな相手にはこの切り札は不要ですし、議論が通じない相手には何を言っても無駄です。歯車の狂いは大相撲の世界にあるんじゃなくて、日本の論壇全体に、壊れた歯車が大量に存在しているんです。

  3. 三角四角 より:

    【白鵬の『かちあげ(顔面肘打ち)』】

     白鵬の『かちあげ(顔面肘打ち)』が何故いけないのかは、一番大きな理由は、大変危険な技だからです。
     二番目に大きな理由は、大相撲の競技特性に反する技だからです。

     大相撲の競技特性は、相手力士の身体を押したり、引いたり、突いたり、はたいたり、足を掛けたり、釣り出したり、いなしたり、うっちゃたり。
    力士の名が示す様に、力が競技の根幹に在ります。
     名付ければ、大相撲は、力学系格闘技です。

     張り手は、打撃系格闘技の技ですが、一撃で相手を倒す為に使うのでは無く、飽く迄も、相手力士の出足を止めたり、廻しを掴む為に、力学系の技を繰り出す為の補助技として使っています。
     正規のかちあげも、同じです。
     頭を下げて、低く当たって来る相手力士の身体を起こして、廻しを取る為の補助技です。

     しかし、白鵬の『かちあげ(顔面肘打ち)』は違います。
     この技は、一撃で、脳震盪を起こして、相手力士の戦闘力を奪い勝負を決めます。
     正に打撃系格闘技の技で主力技です。
     
    これの何処が可笑しいのかは、次の例を見るとよく分かるでしょう。

    力学系格闘技の1つである柔道の大会で、始めの合図で組み合おうと、手を伸ばしたら、相手選手がいきなり、正拳突きで顔を思いっきり殴って来て、ふらふらに成ったら、知らない内に投げられてしまった。
    力学系格闘技の柔道に、打撃系格闘技の空手の技を持ち込むのは止めろと、言いたく成るでしょう。

     これと同じ事を、白鵬は土俵上で演じているのです。
     立ち合いの時に、廻しを取るでも無く、突き出すでも無く、相手力士の突進力と自らの突進力を利用して、サポーターで保護した右肘を、相手力士の顔面にぶち込むのです。
     ルールに無いからいいと真面目に言っている人が多い事に驚きます。

     では、柔道の試合で、相手選手を殴ったら如何なるでしょう?

     国際柔道連盟(IJF)試合審判規定を見てみましょう。

     禁止事項と罰則
     反則負け(重大な違反)

     7.相手を傷つけたり危害を及ぼしたり、あるいは柔道精神に反するような動作をすること。

     相手選手を殴った選手は、反則負け第7項違反で即反則負けと成ります。

     白鵬の危険で、大相撲の競技特性に反し、競技の在り方を変質させかねない肘打ちは、柔道と同じ様に直ちに規制するべきです。

     柔道に倣って、
    『相手を傷つけたり危害を及ぼしたり、あるいは相撲道精神に反するような動作をした力士は反則負けとする。』
     との新たな禁止事項を設けたら如何でしょうか。

     兎に角、土俵上の乱暴な振る舞い、駄目落としや、土俵外の暴力を追放して、日本人の若者が躊躇なく入門出来る態勢を整えないと、大相撲は将来必ず終焉を迎えます。

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