栃ノ心の優勝が大相撲にとって重い意味を持つ二つの理由。後編

前回の記事はこちら。
栃ノ心の優勝が大相撲にとって重い意味を持つ二つの理由。前編
栃ノ心の優勝が大相撲にとって重い意味を持つ二つの理由。中編

栃ノ心の優勝は、単なる苦労人の優勝ではない。横綱も大関も絶対的な力士は無く、そして大関取りを目指す力士もいない。どの力士にも等しくチャンスがあり、野心を持って正しく努力をすれば誰もが頂点にたどり着ける可能性があることを栃ノ心は教えてくれたのである。

そしてもう一つ、栃ノ心が教えてくれたことがある。
それは、怪我を治す勇気を持つことの大切さである。

栃ノ心は数年前に重傷を負い、幕下下位まで番付を落とした。そもそも幕内上位に居た力士が怪我を負い、この地位まで落ちることは珍しい。それほどの重傷だったということもさることながら、もう一つ珍しいことがある。

これほどの重傷を負った力士が、怪我の影響でそれほど後遺症を残していないということだ。

大怪我をした力士は土俵に戻ってきても、前の地位まで番付を戻すことはあっても前よりも強くなることは珍しい。どこかで怪我の影響を残し、もどかしい相撲になってしまうのだ。

一番顕著なのは膝に怪我を負った力士だ。彼らは攻めに関しては怪我をする前と遜色のない相撲が取れるのだが、問題は守りだ。相手の攻めを受けられないのである。

受けられない分だけ、自分の相撲が取れなかった時に星が伸びない。良い相撲を取った時には勝てるのだが、受けられない分だけどうしても出世が遅れてしまう。

栃ノ心も不調な時はある。上位総当たりの地位にいつも居るわけではない。ただ、怪我が理由でもしあの時と思うことはあまり無い。それは、怪我を機に新しい栃ノ心が作られ、かつての栃ノ心を超えていると感じるではないかと思う。

今、上位には怪我の影響で、そして強行出場を重ねるためにキャリアの危機に陥っている力士が多い。代表格は稀勢の里と照ノ富士だ。番付を守ること、そして出場することによって務めを果たそうとする矜持が素晴らしい相撲に繋がることもある。昨年の大阪場所の稀勢の里の優勝、そしてその相手を務めたのが照ノ富士だったということは何よりそれを示している。

だが、それでいいのだろうか。

責任感が強行出場を誘い、長い目で見るとキャリアを蝕む結果になっていることを重く受け止めねばならないのではないだろうか。怪我が産み出す最高のパフォーマンスに酔いしれる前に、怪我が将来をスポイルしている実情に目を向けるべきではないだろうか。

宇良も時間を掛けて治す決断をした。番付を相当落とすことになると思うが、勇気あることだと思う。栃ノ心という選択肢が出来れば、ということを数年前に書いたことがある。しかし、大相撲は今もなお、栃ノ心は選択肢としてあまり機能していない。

治す勇気を持つことの大切さ。
これを栃ノ心が改めて教えてくれたと私は思うのだ。

しかし、栃ノ心が選択肢になりにくいのには理由がある。番付を大幅に落としてしまうからだ。力士にとってこれは耐え難いことなのだと思う。出場そのものが重要ではなくそのリスクを恐れて強行出場しているのは、かつて公傷があった時代に申請する力士が非常に多かったことからも明らかである。

数年間声を挙げても、怪我の対策に関する議論が深まるどころか俎上に上がることさえもない。諦めに近い感覚はあるのだが、それでも私は言い続けたい。ピザバスを撤去するよりも、国技館の売店を撤去するよりも前にすべきことは沢山ある。当然それは、権力争いをする前にすべきことだ。

相撲協会よ、今こそ怪我に向き合え。

◆トークライブのお知らせ◆
2月4日18時より錦糸町丸井のすみだ産業会館でトークライブ「第5回幕内相撲の知ってるつもり⁉︎」を開催します。今回も週末に実施しますので、皆様奮ってご参加ください。テーマは「横綱とは何ぞや」です。

トークライブの予約サイトはこちら。

栃ノ心の優勝が大相撲にとって重い意味を持つ二つの理由。後編” に対して 3 件のコメントがあります

  1. けいた より:

    3年前に竜電のことまで触れていたことに驚いています。今場所は素晴らしい活躍でしたね。

    「怪我は土俵で治す」昔は通じたかもしれませんが、今は医学も発達して治療も進歩したのですから、思い切って休むことに賛成です。

    相撲協会も、色々改革して現在の人気なのですから、もっと力士の実情にも目を向けてほしいです。「土俵の充実」はまず元気な力士が必要なのがわかりきってるでしょうに…。

  2. shin2 より:

    >>栃ノ心が選択肢になりにくいのには理由がある。番付を大幅に落としてしまうからだ。
    角界に根強く残っている「格言」に「落ちたら落ちたところの相撲しか取れない」というのがある。
    この格言は実力が落ちて番附を下げた力士に該当するものだと思うが、力士はケガによる陥落にも該当させてしまうのだろう。
    アキレス腱を断裂した豊ノ島も、年齢的にも長期休場は避けたかったのだろうが、幕下陥落後もう一場所全休したほうが良かったのではないか。「結果論」だと言われればその通りなのだが。
    豊ノ島は自身のインスタグラムで「正直心は折れました。さすがにもう無理だ・・・。」「そんな自分に勇気をあたえてくれたのは栃ノ心関!自分だけじゃない。ケガで悩んでる力士にはとても励みになる優勝だと思う!」と書き込んでいる。

    長期休場を厭わない「栃ノ心方式」が角界の主流になることを望む。あと宇良の復活も。

  3. スミ1 より:

    序盤から中盤にかけ実に横綱らしい相撲をしていた鶴竜も
    2場所かけてしっかり治したから良くなったのだと思います
    (もっとも、リハビリ不足か猛烈な息切れをしてしまいましたが)
    下の方でも舛ノ山が再起に向けて着々と調子を上げていますし
    「休む」というのではなく「ちゃんと治す」ということがスタンダードになっていくといいですね

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)